目と手

目と手(1)

いまクロッキーをしてて、自分のものの見えなさと自分の手の動かなさと具体的に想像する能力の少なさがよくわかって、毎日悔しい思いを胸に床についています。見て、思ったとおりに手を動かすことの難しさよ。将来脳波で機械が動かせる時代になっても、きっと折り鶴が折れないでしょう。それどころか紙風船も無理だ。紙風船をぐしゃってならないように拾うのも無理かもしれない。機械で折り紙する機会がこないといいなと思います。



目と手(2)

ここのところ皮膚の状態が悪化していて、夏だけど外出するときは長袖を着ています。自分がどうこうと言うよりも、周りからいちいち指摘されていちいち説明するのが面倒くさいのと、見えたら不快に思う人もいるかもなあと思って一応隠すような感じにしてます。
私の小学生〜中学生時代の皮膚と精神の荒廃についての具体的な描写はめんどくさいのでしませんが、まあ想像に難くない感じで、こどもからは気持ち悪いと言われておとなからは可哀想だと言われていたわけですが、先日このたびの皮膚の悪化で久しぶりに面と向かって「可哀想に」と言われました。懐かしい気持ちになりました。
その人は昔皮膚炎だったけど今は治ったとのこと。
たぶん、自分のことを可哀想だと思っていたんだろうし、可哀想だと言われるのが嬉しかったんだろうなあと思いました。

変態だと思いました。